この人に聞きたい
シャプラニールの活動にさまざまな形でつながりのある方、
国際協力、社会貢献などの分野で活躍されている方に、その思いを伺っています。
『人新世の「資本論」』の著者にきく
自分たちの未来は自分たちで切り拓く〜脱成長コミュニズムの実現に向けて〜
2020年に発行され資本主義に代わる新しい社会経済システムを提唱し大きな話題となった『人新世の「資本論」』(集英社新書)。「人新世(ひとしんせい)」は、人類の活動が地球の表面を覆いつくしているという意味で名づけられた地質学上の新たな年代です。気候変動、気候危機のさらなる進行を食い止め持続可能な社会を築くための唯一の処方箋として、生産と消費を抑制し生産手段を民主的に管理する「脱成長コミュニズム」を提唱した、著者の斎藤幸平さんに、この本の内容を中心にお話を伺いました。
インタビュー・文/事務局長 小松 豊明
気候変動への危機感から
小松:この本の中で、断言する表現が多用されており読者を〝アジテート〞しようとする意図が強く感じられます。執筆の動機としてマルクス( ※1)の研究における新たな発見があったとの記述がありますが、この本を書こうと思った動機、背景について改めて教えてください。
※1 Karl Marxドイツの経済学者、哲学者、革命家。エンゲルスと共にドイツ観念論、初期社会主義(空想的社会主義)および古典的社会主義の立場を創始。資本主義体制を批判し、終生国際的社会主義のために尽くした。主著『資本論』。(広辞苑より抜粋)
斎藤:本を書こうと思った動機は気候変動です。現在パキスタンで洪水による大きな被害が出ています。異常気象を放置すればこうした自然災害はどんどんひどくなっていき、コロナ禍とは比較できないような長期的、不可逆的な変化として難民問題、食料問題、戦争などを引き起こしてしまう。しかし、日本社会での危機感は欠けています。そうしたなかで、自分たちの暮らしを改め、自分たちの未来をもう一度自分たちでつくっていこうという〝アジテーション〞という意味があったのはその通りです。新しい社会をつくることが可能であり、そうしなければならないということを皆さんにお伝えしたいと考え、学術書ではなく新書という読みやすい形で出版しました。結果として、その目的はある程度果たせたのではないかと思います。
小松:この本の構想はいつ頃から持たれていたのでしょうか。
斎藤:環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが「未来のための金曜日(Fridays For Future, 以下FFF)」(※2)という運動を始め、COP(気候変動枠組条約締約国会議)などで演説する姿を2018年くらいに知り、脱成長という道を真面目に考えるようになりました。今のまま経済成長を続けることで、気候変動がアジアの国々などへ大きな影響を与えてしまうのではないかと考えるようになったのです。晩年のマルクスがエコロジーに関心を持ち持続可能な世界を構想していたこと、そのためには資本主義を乗り越えなければならないと考えていたことは元々理解していたわけですが、それとグレタさんのような若者の社会運動とが融合してこの本の構想につながったわけです。
※2 2018年8月に当時15歳のグレタ・トゥーンベリさんが、気候変動に対する行動の欠如に抗議するために、一人でスウェーデンの国会前に座り込みをしたことをきっかけに始まった運動。多くの若者の共感を呼び、すぐさま世界的な広がりを見せ、2019年2月、日本でも運動が始まった。(Fridays for Future Japanのウェブサイトより抜粋)
マルクスとFFF
小松:私たちの主な活動地の一つがバングラデシュで、社会開発を中心とした活動を行っていますが、最近は現地の若者たちを対象とした気候変動に関する活動も始めています。そういう状況もあり斎藤さんの本からは大きな刺激を受けました。議論を呼び起こすために出版したという話がありましたが、期待したような反響があったと感じますか。
斎藤:ソ連崩壊後、マルクス主義はメインストリームでは扱われない存在でしたが、この2年くらいでマルクスのイメージを変えることができたのではないかと思います。岸田政権が「新しい資本主義」を打ち出すなど、これまでの新自由主義が揺らぎだし、資本主義の見直しが言われるようになりました。そうした変化にこの本が貢献した部分はあるかもしれません。しかし、日本では未だに気候変動は選挙の争点にはならないし、大きな進歩があったとは言えません。例えば、バングラデシュで日本のODA(政府開発援助)によって建設が進むマタバリ石炭火力発電所の反対運動を行っている、F F Fの「マイノリティから考える気候正義プロジェクト」の若者たちとさまざまな発信を行っていますが、日本では社会問題として扱われることはありません。これまで先進国の経済成長のツケを払わされてきた途上国への補償、賠償といったことを私たちは考えなければならないのですが、問題のあまりの大きさに対する声の小ささ、という構図は何も変わっておらず、みんなでもっと盛り上げていかなければならないということを日々痛感しています。
SDG sへの批判
小松:SDGs(持続可能な開発目標)についての批判が随所に出てきます。気候危機の対策として不十分であるという意見はよくわかります。しかし、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で〝Transformation=変革〞が必要だという考え方を打ち出したこと、世界共通の目標ができたことは評価すべきと考えます。SDGsについての考え方をお聞かせください。
斎藤:もちろんSDGsの理念自体は悪いことではありません。17のゴールを達成しようということにも全面的に賛成です。ただし、問題なのは、国連での採択時に目指された内容と一致しているのかということです。例えば、日本で語られるSDGsでは人権問題が弱められている。環境問題も矮小化されてしまっていて、まやかしにしか見えない。Transformationが一切見えないのです。また、SDGsは国連の場で多くの国のさまざまな妥協によってつくられた産物です。相変わらず先進国の経済成長を前提としていますが、本当にそれは必要なのでしょうか。SDGsの策定は一歩前進かもしれないけれど、そこで止まってしまっていてはいけないのです。
2022年はSDGsの期限である2030年へ向けた中間年でした。しかし、レポートを見る限り貧困が全く改善していません。その背景には新型コロナウイルスやウクライナの問題があり、小麦が不足し飢餓が助長されるという懸念もあります。このようなパンデミック、戦争、異常気象が慢性化しつつある状況、これを私は「人新世」の危機と呼んでいるわけですが、その中で、成長が安定へつながるという考え方が通用しなくなっているということが段々明らかになってきたわけです。2030年までに挽回できるかというと恐らくそれは難しい。するとその次は2050年でしょうか、そこに向けてこれまでとは全く違うアプローチが必要なのです。
そこで私は、具体的な方策として先進国における「脱成長」、つまり過剰な生産、過剰な消費に制限をかけ平等な社会をつくることを提唱しています。経済成長だけを目指す社会から持続可能性や公正さを重視する脱成長型の社会に転換するための一歩を2020年代に踏み出し、2030年ら50年くらいにかけて進めていく、といったイメージです。私自身はグレタさんたちZ世代の考え方に影響を受けました。2050年には彼らが社会の中枢になるわけです。今とは違う社会が実現する可能性はあると思っています。ただし、放っておけば気候変動がさらに悪化し、格差や分断が深刻化するような社会になってしまうでしょう。私はそれらの真ん中の道、つまりそれなりに経済成長もしながら、地球環境も守られるという道はないと思っています。
小松:私たちは今、その岐路に立たされているということですね。
斎藤:はい。ただ、そういう意識を持っている人が少ない。この本をきっかけとして、自分たちにも新しい社会をつくることができるんだということを感じてほしいと願っています。
グローバルなネットワークが突破口に
小松:日本ではコミュニティの力が必ずしも強くありません。自治会は減少しているし、NPOの設立数は減り、労働組合の加入率も下がっている。脱成長コミュニズムを担う基盤が弱いとしたら、どこに突破口を見出せばよいでしょうか。
斎藤:FFFにしても日本では社会運動が盛り上がっていません。そういう状況は簡単には変わらないでしょう。そうはいっても放っておけば気候危機はどんどん悪くなるわけですが、先ほど述べた「マイノリティから考える気候正義プロジェクト」はバングラデシュの人たちとつながることで新しい運動を作ろうとしています。このように、国内だけで活動を進めるのではなく、若者たちがネットワークを国際的に広げながら新しい運動をつくろうとしている状況は非常に興味深いです。そういう動きが突破口になる可能性はあるのではないでしょうか。また、単に先進国から途上国への開発援助で助けてあげる、という関係性ではなく、対等な関係を築き、途上国の人々から学びながら運動をつくっていく、という流れが必要なのだと思います。
インタビューを終えて
本の中で、このまま経済成長を続けることや行き過ぎた資本主義への疑問に対し、明快な答えを提示して見せた斎藤さんの言葉一つひとつに、気候変動への強い危機感と、脱成長社会の実現は可能であるという信念が感じられました。「理屈はわかるが、本当にそんなことが可能なのだろうか」と諦めに近い感覚を持ってしまう人も多いと思います(私を含めて)。斎藤さんは本の最後で、そんな私たちのために「3・5%の人が本気で立ち上がれば社会を変えられる」という研究を紹介しています。「未来は、本書を読んだあなたが、3・5%のひとりとして加わる決断をするかどうかにかかっている」というアジテーションの言葉を添えて。
会報「南の風」298号掲載(2022年12月発行)
PROFILE 斎藤 幸平(さいとう・こうへい )
ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Mark’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfurnished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』)によって、マルクス研究界最高峰の「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。編著に『未来への大分岐』など。
*本インタビューは2022年9月初旬に実施しました。