この人に聞きたい
シャプラニールの活動にさまざまな形でつながりのある方、
国際協力、社会貢献などの分野で活躍されている方に、その思いを伺っています。
「望まない孤独」をなくすのはつながりの仕組み
NPO法人あなたのいばしょ 大空幸星さん
PROFILE
大空幸星(おおぞら・こうき)
2020年3月、「信頼できる人に確実にアクセスできる社会の実現」と「望まない孤独の根絶」を目的に、NPO法人あなたのいばしょを設立。2024年4月、「孤独・孤立対策推進法」の施行に尽力した。著書に『望まない孤独』、『「死んでもいいけど、死んじゃだめ」と僕が言い続ける理由 あなたのいばしょは、必ずあるから』等がある。
皆さんはどのようなときに、人に話を聴いてもらいたいですか。今回は、話したくても話せない、頼りたくても頼れないといった「望まない孤独」を感じる人が、「確実に信頼できる人にアクセスできる社会」の仕組みの構築をめざし、無料のオンラインチャット相談窓口を運営する、NPO法人あなたのいばしょ理事長・大空幸星さんにお話を伺いました。活動の背景にあるご自身も実際に経験したという孤独と、活動から見えてきた人とのつながりとは――。
大学在学中に「あなたのいばしょ」を設立
小学5年生のときに母親が家を出るなど、複雑な家庭環境で育ってきました。高校時代は学費や生活費を稼ぐため昼夜アルバイト漬けの日々で、一時は生きる気力を失うほど追い込まれました。ある日の夜中、高校の先生に「しんどい。もう学校をやめたい」とメールを送ると、翌朝には先生が私の住むアパートの下に立っていました。「過去を悲観するな。今何ができるかを考えなさい」というその言葉が、私の人生を大きく変えました。私にとっての恩師の存在のように、悩んでいる人が信頼できる人に相談できる身近な場所をつくりたいという思いで、2020年3月にNPO法人あなたのいばしょを立ち上げました。
私たちは、24時間365日、年齢や性別を問わず、誰でも匿名で相談が可能なオンラインチャット相談窓口を運営しています。1日約1,000件〜1,500件もの相談が寄せられていて、その利用者の約7割は女性、8割以上は10代~20代です。総務省の調査によると、10代の平均的なSNS利用時間が54分であるのに対し、携帯電話の利用時間はわずか0.6分。電話ではなくチャット窓口を設立したのは、こうした子どもや若者たちのためでもあります。
めざすは「マイナスからゼロ」
厚生労働省によると2023年の子どもの自殺者数は513人と報告があります。相談窓口において、死にたいという言葉を口にする相談者に出会うことは決してめずらしくありません。そこで私たちは、相談窓口の役割として、こうした相談者の気持ちを「マイナスからゼロ」へ導くことを掲げて活動してきました。具体的には、学業、仕事、人間関係といったさまざまなことに起因して死にたいと思うほど追い詰められている相談者を「マイナス」の状態、そして明日から新しく何かを始める、家から出て活動する、頑張ってみるという自発的に行動できる最もエネルギーの多い状態を「プラス」、その途中を「ゼロ」と考えています。
ここで最も重要なのは、「マイナス」状態の相談者の傾聴を重ねることです。すると相談者は「話を聞いてもらって気持ちが少し楽になった」「またちょっと散歩でもいってみようと思った」といった反応を示してくれるようになり、「ゼロ」の状態まで導くことができます。
社会との「つながり」のきっかけを
相談者を「プラス」に導くまでの方法に、社会的処方事業として「いばしょチケット」を発行しています。社会的処方とは、孤独や希死念慮を抱く人に、自然や芸術に触れる機会や食糧等の現物支給を通じて地域社会とのつながりを生み出し、レジリエンス(自発的な心の回復)につなげるアプローチのことです。美術館やプラネタリウム、ヨガなどを無料で体験できる電子チケットを提供する企業、自治体と連携した取り組みで、自殺防止対策の一つとして注目されています。
例えば、「絵を描くことが趣味だったけど今は興味がなくなってしまい、手を動かそうとも思わない」といった相談があった場合、まずはお話を聴きます。そして相談員が「プラス」の状態に導けると判断した場合、半歩踏み出してもらうきっかけづくりとして、いばしょチケットを発行しています。これまでのように絵を描くのは難しくとも、美術を鑑賞をすることはできるかも、というレジリエンスにつなげるアプローチを行うんです。
「つながり」が新たな「つながり」を生む
私たちは、国内外に在籍する約1,000名の相談員「いばしょ相談員」同士の横のつながりを大事にしています。常にリモートで働く相談員は孤独、孤立しがちな状況が発生しやすいことに気がついたんです。やっぱり、一人の相談員も孤独を感じさせない、孤立させないということが重要で、すべてが私たちの「孤独・孤立対策」へつながっていくと思うんです。そのため、相談員をサポートする立場に公認心理士などの資格を持つスタッフがいて、いつでも相談員からのチャット窓口にかかわる相談を受けられるようになっています。難しい相談にはみんなであり得る対応や望ましい対応を考えられる仕組みですね。
また、相談員によって自主的に企画される「いばしょCafe&ワークショップ」が年間200回程開催されています。元々は相談員同士が相談する場として開催されていましたが、今では相談に限らない「交流会」として、好きな映画の話をする会や、近い年齢層で集まる会などさまざま形で相談員のつながりが生まれる場に変化してきました。特に今は、誰もがコロナ禍を経験し、社会での繋がりや地域のつながりが薄くなってきているなかで、大変嬉しい取り組みになってきました。
世間を動かしたのは――
NPO設立時から注力してきた、社会で孤独を感じたり孤立する人を支援する趣旨の「孤独・孤立対策推進法」が2024年4月に施行されました。法制化という極めて難しい活動でしたが、なにより世間を動かすことができたのは社会の実態を統計データーで伝えたことだと改めて感じています。
相談をすることが恥ずかしい・怖いといった社会の風潮があるなかで、相談窓口の利用を呼びかけるだけではそういった世間の認識を変えるには限界があります。自分が意図せず陥る「望まない孤独」がいかに問題を深刻化させ、また新たな社会問題を生むのか、統計データを使って国へ訴え続けてきました。「いばしょチケット」も孤独対策にどう貢献できるか社会調査の目的を兼ねた活動でもあります。法制度が変われば、個人の視点・感じ方が変わる。誰かに頼っていいんだ、相談してみようかなと、一人ひとりが思える社会のサイクルをつくりたいんです。
いま、そしてこれから
2020年3月、「信頼できる人に確実にアクセスできる社会の実現」と「望 今後はより一層、「望まない孤独」を感じる人が相談しやすい社会の仕組みを、法制度を活用してつくっていきたいです。「孤独・孤立対策推進法」の施行は国を挙げての孤独・孤立対策のスタート地点にしか過ぎません。次に必要なのは、相談者とその周りの人たちを含む社会の考えや偏見に影響を及ぼしている法制度の改革。ここを変えることができれば、話したくても話せない、頼りたくても頼れないといった「望まない孤独」を抱えた人が「信頼できる人に確実にアクセスできる孤独・孤立対策」のある社会へ変わると信じています。
会報「南の風」304号掲載(2024年6月発行)