今日、ダッカは雨のバレンタイン・デー。なんとなく、どんより。

思い出すのは、ある若いカップルのこと。今、どうしているんだろう。つい重いため息が出てしまいます。

日本出張から帰ったあと、都市事業担当のスタッフから、「Kが結婚した」という知らせを聞きました。

「K」というのは、私たちが現地NGOのオポロジェヨ・バングラデシュと一緒に運営しているストリート・チルドレンのためのドロップイン・センター(以下DIC)に長くいた少女です。

DICには、ひとりで家を飛び出してきて路上で働き、路上で暮らす、身寄りのない子どもと、近くのスラムなどに家があって親ははいるけれども路上で働かなければならない状況にある子どもの両方がいます。Kは後者でした。スラムに母親がいますが、貧しさのためKは小さいときから路上で働かなければなりませんでした。

KはDIC開所のころからいた子で、今14歳ぐらい。つまり、7~8歳のときからいたことになります。頭のいい子で、リーダーシップもあり、DICから学校にも通っていました。演劇でもだいじな役を演じ、子どもたちとスタッフからなる「合同マネジメント委員会」の委員もやり、ピア・エデュケーターとして年少の子どもたちの面倒も見、子どもの性搾取に反対する若者チームのメンバーとして会議でも発言するなど、目覚ましく活躍していた少女でした。あれじゃ忙しすぎるんじゃないか、と心配になって、スタッフにあまり彼女にばかり役を振るなと注意するぐらいでした。いってみれば「DICの期待の星」のひとりだったのです。

小さかった子どもたちがだんだん大きくなって思春期を迎え、最近DICでは子どもたちの恋愛問題にスタッフが苦慮している、というのは耳に入っていました。日本で言えば中学生ぐらいの難しい年頃。しかも、小さい時から自分たちで働き、厳しい状況を生き抜いてきた、普通の同年代の子よりある意味「おとな」の子たちです。異性や性的なことに関心を持つ年頃になれば、子どもたちの揺れ動く感情をコントロールするのは大変なことです。

Kは気の強い子で、相手が誰だろうと、思ったことをはっきり言う子でもありました。彼女は、同じDICから巣立った青年Mと恋に落ち、結婚すると宣言してDICを飛び出してしまったのです。スラムに住む彼女の母親の話では、実際に結婚式もしたそうです。母親は「式に出なければ勝手にやって出て行く」と娘にタンカを切られ、どうしようもなかったと。

同じDICの出身者同士、祝福してやればいいではないか、と思われるかもしれませんが、Kはまだ14歳で学校に行っていたのです。しかも、相手のMはすでに結婚しており、子どももいます。KとMはみつからず、どうやらコミラへ行ったらしい、というのですが、Mの妻子はダッカに出てきているらしく、わけがわかりません。

私が初めてDICを訪れたとき、DICの中を案内してくれ、グループワークをしている子どもたちが今何をやっているのか、私にわかるようゆっくりしたベンガル語でひとつひとつ説明してくれたのはKでした。オポロジェヨ・バングラデシュの本部に打ち合わせに行くと、Kをはじめ何人かの少女たちも来ていて、「今日は私たちもミーティングなの!」と誇らしげに言っていたものです。KはDICの子どもたちのロールモデルになるはずでした。でも、恋して、思いつめて、衝動的に出て行ってしまった。

相手のMのことはよく知りません。でも、賢いKがずっと一緒にやっていける相手ではどうもないような気がします。私には今からもう、Mに愛想をつかし、シングルマザーとしてやっていこうとする数年後のKの姿が見えてしまうのです。

できる子だからとおとなの期待を背負わせすぎて、窮屈だったんじゃないだろうか。それともいつもお手本の優等生だっただけに、年上の青年から「きみはかわいい、甘えていいよ」と言われたらふらっとなってしまったんだろうか。

恋する14歳の気持ち、ずっと昔のことだけど、私だって忘れてないよ、Kちゃん。純粋な想いのどこが悪いのか、一緒にいたい人といるのが何がいけないのか、おとなに諭されれば諭されるほど、意地になってしまうことも。でもね、そんなに急がなくてもよかったんじゃない?あなたには恋以外にもいろんな未来があったのに。

結婚して「おとな」の世界に飛び込んでしまったK、当分戻ってはこないでしょう。戻ってきたとしても、もう「DICの子ども」にはなれないでしょう。どうすればよかったのか、私たちに何ができたのか、考えると落ち込んできます。ずっと彼女を育ててきたDICのスタッフたちは、もっと重い気持ちでしょう。知らせを受けたのはおとといのことで、まだ話し合うことができていないのですが、まだほかにも思春期の子どもたちは何人もいます。中には麻薬の売買をする身内に利用されそうになっている、要注意な子もいると聞きます。

小さいときは小さいときで大変だけれど、思春期を迎え、またべつの危機に直面する子どもたち。DICで育ってきた子どもたちを守るにはどうすればいいのか、真剣に話し合わなければなりません。