今、ラッキーさん(仮)は19歳ですでに二人の子どもを抱えています。彼女が子どもの頃に父は亡くなり母は彼女の将来のためにと一生懸命に働いて育ててくれましたが、生きるために働くのに精いっぱいで彼女との時間は十分に持てなかったそうです。徐々に彼女は友人たちと外で遊ぶようになり、薬の売人として働くようになっていました。そして15歳の時に同じように路上で生活する少年と出会い、結婚しました。
その後、彼女は娘(現在3歳)と息子(生後1カ月)を出産、カトマンズの小さなあばら屋に子どもたちと生活していました。夫は妊娠中に彼女を捨て別のところに住んでいると言います。近所の女性が食料を分け与えてくれていたことで、3人の親子は命をつないでいました。
COVID-19の感染対策としてロックダウンが始まってしばらくして、 シャプラニールのパートナー団体であるCWINの職員が、この3人親子の窮状を聞き、家を訪問すると状況は最悪でした。生まれて間もない息子と母が着ている服や布は汚れて不衛生で、栄養のある食べ物はおろか調理用ガスもありませんでした。そのため、CWINを通じて定期的に訪問してカウンセリングをしながら、食料を提供する支援を始めました。この食料はシャプラニール、つまり日本の皆さんの支援で提供できたものです。この他、衣類やガスレンジを他の団体からの支援で提供することができました。ラッキーさんと今後どのように生計を立てていくか、他の支援団体からの協力も検討しながら相談しているところです。
この親子はCOVID-19の感染が広まる前から厳しい、厳しい状況にあったと言えるでしょう。しかし、感染対策としてロックダウンが始まり、地域の経済活動がストップし、それぞれが自分の暮らしにいっぱいいっぱいになっていく中で、コミュニティでも彼女らを支えていくのは徐々に厳しくなっていきました。ネパールでは地方自治体がロックダウン中の困窮世帯への食料配布などを行っていましたが、その支援対象となるリストから漏れるケースが多くありました。また、ロックダウンが長期化する中、Food for workを取り入れ、働いた人にだけ食料を提供する自治体も増えました。そうすると、彼女のように乳飲み子を抱えた一人親家庭はどうしたらいいのでしょう。
災害はその地域の社会課題を浮かび上がらせ、もともと厳しい状態にある人たちをより周辺に、より底辺に追いやってしまいます。ラッキーさん一家もCOVID-19によってますます取り残された存在になっていたところでした。たった1家庭の事例ですが、そんな彼女たちを見つけることから、誰も取り残さない、は始まるのだと思います。
ネパール事務所長 勝井裕美
ネパール事務所プログラムオフィサー スリジャナ・シュレスタ