夏の日の夕暮れ、車窓から夕日を眺めていると、10年近く前の、ダッカのラマダン(断食月)の夕方の光景が懐かしく思い出されます。シャプラニールのダッカ事務所の断食月。日の出から日没まで断食しながら働くイスラム教徒の同僚たちを、ヒンドゥー教徒やキリスト教徒のスタッフたちがさりげなく気遣っていました。
この時期は時短勤務になるので、通常はみな日暮れ前に帰っていくのですが、期間中一度は事務所のダイニングルームでイフタール・パーティをします。イフタールとは断食明けに食べる特別な食事のこと。これを様々な宗教のスタッフたちが皆で一緒に食べるのです。
イフタール・パーティの日、日没の時間が近づくと、皆が耳を澄まし、今か今かとアザーン(お祈りの呼びかけ)が聞こえるのを待ちます。郷愁を誘う独特の節回しのアザーンが響き始めたら、長かった1日の断食も終わり。イスラム教徒のスタッフたちは、待ち焦がれた冷たい飲み物で渇いた喉を潤し、皆の間に何かほっとした空気が流れます。今日も一日の断食をやり遂げた、という充足感と解放感で笑顔のスタッフたち。誰かが代表でイフタール前のお祈りの言葉を唱え、それから賑やかにイフタールをいただきます。
干した甘いナツメの実、ポン菓子のようなムーリー、揚げもの、豆、果物。日本人駐在員も一緒に、右手を使って食べます。バングラデシュに来て日が浅い駐在員には、年長のスタッフが、断食月のもつ意味を教えてくれます。身を清め神と向き合うこと、食べものを得られない人たちに思いを馳せること、食事を与えられていることに感謝すること、などなど。
たまに地方出張からの帰り道、日没の時間にかかってしまうような時は大変。モスクから離れていてもアザーンが聞けるようにカーラジオをつけたり、休憩場所を何処にするか議論したりして、車の中は大騒ぎ。断食中のスタッフが、アザーンが聞こえたらすぐイフタールにありつけるように、イスラム教徒以外のスタッフも皆が気を配ります。
夕暮れ時、町を歩けば、たくさんの屋台が出てイフタールを売っています。住宅街を歩いていると、地面に座り込んでいたアパートのガードマンたちが「おーい、おいでおいで。イフタールを食べていきなよ」と誘ってくれたことも。この時期に出会う人たちは皆、「うちにイフタールを食べにいらっしゃい」と誘ってくれます。
私が覚えているバングラデシュのラマダンは、そんな人びとの優しさと気遣いが詰まった季節です。そんな大切な時期に、今回のような事件が起き、バングラデシュのごく普通の心優しい人たちが、どんなにか心を痛めていることでしょう。
日が沈み、アザーンが町に響き、ほっとした空気のあとに家族や友人たちとの賑やかで楽しい時間がやってくる。そんな平和なラマダンがバングラデシュにまた巡ってきますように。
<プロフィール> 藤岡恵美子(ふじおか・えみこ)
シャプラニール理事、NPO法人ふくしま地球市民発伝所事務局長。国際子ども権利センター、国際協力NGOセンター(JANIC)、シャプラニールでの約10年のNGO活動を経て、東日本大震災と原発事故を機に2012年より福島へ移住。原発事故後の福島の状況を海外の人々に伝える活動を行っている。
<シャプラニールとの関わり>
2005年~2011年、シャプラニール事務局スタッフ。うち2005年~2009年はダッカ事務所長としてバングラデシュに駐在。2015年度より理事。
この記事の情報は2016年7月27日時点です。