『エイポッター エイメグナー・・・』
と唱い出す、バングラデシュで国歌の次に有名といわれる歌がある。国内を流れる大河を歌詞の中に織り込み、青い空を、牛飼いの心を、そして、ゆたかな広々とした大河のような女性たちを歌い上げる。
フォリダ・パルビーンの歌だ。
国民に深く愛される多くの詩人たちがいる国バングラデシュ。タゴールはアジアで初のノーベル文学賞をうけた。そのタゴールに影響を与えたといわれるラロン・フォキール。バウルの神様ともよばれ、クスティアの聖者廟はいま吟遊詩人たちの聖地にもなっている。バウルは口承伝承で伝えられるベンガルの民族音楽である。厳しい修行を重ね、戒律もあり宗教的な一面もある。一切の所有物をもたず身には一枚の布を纏うのみ、家族ももたない。人びとの輪の中で唱い、踊り、楽器をかき鳴らす。バウルたちはまた、フォキール=乞食ともよばれている。
僕が初めてバウルに出会ったのは43年も前のことだ。北部の街ジナチプールの近くの村で、大樹の下に黄色い布を纏う三人のバウルが座っていたのを見かけた。辺鄙なバングラデシュの村で、心身ともに解き放たれ純化していたのだろうか。全身に電気にうたれたかのような衝撃を感じ、その場から動けなくなってしまった。三人から発せられる妖気、金色のオーラが立ち上る気配、まさに仙人の姿がそこにあった。いまでもそのときの情景は鮮やかに瞼によみがえる。日本に帰国してのち、LPレコードやCDなどにバウルを見つけると、買いあさっていたものだった。
シャプラニールの活動が30周年を迎えるころ、バングラデシュを訪ねる機会があった。その頃の駐在員、筒井さんのパートナーの民子さんが『バウルを伝承するフォリダ・パルビーンにベンガルの歌をならっている』という。僕はそのとき突然フォリダ・パルビーンを日本に招聘しようと思った。思い返すと、仕事も生活もすべてをかたむけて、バウルの女王フォリダの日本公演のため奔走したあの時がなつかしいのだ。意気に感じてサポートしくれた友人のアロムさん、当時のシャプラニール劇団のマドンナ・ミタの牛尾さんはじめ多くの実行委
員たちの尽力で、バウルのコンサート『大地・風・祈り』が実現した。公演回数は全国で延べ20回を超えた。
『ショモイゲレ・シャドン・ホベナ』『いまやるべきことをやらなければ、実るものも実らない。時を逃せば修行はできない』と。フォリダ・パルビーンは公演の最後に、いつもこのバウルの詩を歌った。ラロンのいう『人間に対する愛と諍いのない生活、戦争のない世界、いまを逃せば、過ぎた時は取り戻せないよ・・・』と。
<プロフィール>福澤郁文(ふくざわ・いくふみ)
グラフィックデザイナー/亜細亜大学非常勤講師/NPO法人APEX副代表/シャプラニール=シニアアドバイザー
<シャプラニールとの関わり>シャプラニールの前身である「ヘルプ・バングラデシュ・コミティ(HBC)」。創立メンバーのひとり。1987年6月から1995年5月までシャプラニール代表を務める。