この人に聞きたい
シャプラニールの活動に様々な形で関わるつながりのある方、
国際協力、社会貢献などの分野で活躍されている方に、その思いを伺っています。
誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所へ
東京・神保町のビルの地下に「未来食堂」という12席の小さな食堂があります。「まかない」や「ただめし」などユニークな取り組みがあるお店です。今回は店主の小林せかいさんに、その運営スタイルと、理念として掲げる「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」についてお話を伺いました。
インタビュー/国内活動グループ髙階 悠輔
「まかない」の存在
店に入ると店主の小林さんが厨房に立ち、テキパキと調理や盛り付けをしている姿が目に入ってきます。このお店の従業員は小林さん一人。他のスタッフはいません。その代わり「まかない」さんと呼ばれる存在がいます。まかないとは、未来食堂のユニークな仕組みの一つ。お店の手伝いを50分すると1食分が無料となる「ただめし」券がもらえます。ただめし券は自分で使うことも、お店の掲示板に貼ってこのあと来店する「誰か」のために残していくこともできます。まかないに来る人は多種多様。かわるがわる別の人が来る日もあれば、1日中いるまかないさんも。
「COVID-19が広がる前は東京以外の地域や海外から来ていた人もいます。会社帰りのサラリーマンや学生、常連さんが働いてくれることもあれば、飲食店を開業を目標に修行として来ている人もいました。実際1年以上修行をして独立した人もたくさんいます。同じ時期に働いた“同期”のまかないさんがそれぞれ起業して、ライバルのようになったりもするんです。ここでのまかないが縁で関係が続いていく。違う会社で働く人たちが同僚のようにモップ掛けをしていたこともありました。でも、わたしは決してそのつながりの“ハブ”ではありません。まかないをする人にとって指示を出す私は言わば“師匠”のような存在になるわけですが、私と性格が合うかどうかで彼らの存在価値が決まってほしくはないんですよね。まかないさん同士が自分たちでつながっている。それが大切であり面白いところだと思います。」また小林さんがまかないさんに対して、参加した理由や普段の仕事などを聞くことはありません。
どんな人がどんな目的で来ているか、細かいことはよく知りません。まかないは金銭的に苦しい人を受け入れることが真の狙い。困っているときや辛いときは、人に言いたくない事もあると思います。無理に何かを話さなくてもいいんです。ただがんばってくれるだけでいい。そうやって温かいご飯を食べてほしい。まかない申し込みの対応を含めて私が淡々としているのは、こんな思いが背後に隠れているからです。」
「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」とは?
まかない対応に限らず、未来食堂の接客はとてもあっさりしています。明るい「いらっしゃいませ!」や冗談(?)が飛び交うこともなく、入店後1分で日替わりメニューが淡々と運ばれてきます。小林さんはこのスタイルを「コンビニ型」、あるいは「毎日が記憶喪失」スタイルと呼んでいます。店員とのコミュニケーションが最低限であるからこそ、元気がない人も来ることが苦にならないあり方だと言います。明るい励ましではなく、静かに寄り添ってくれる。未来食堂の雰囲気からはそんな安心感を受けました。
「支援活動も似ていると思うんですけど、受け入れ側・サービス提供者側の都合だけではなくて、自分自身がここに居てもいいんだと思えるような、当事者(客側)の目線に立つということが大事なんじゃないでしょうか。」
自分自身がここにいてもいいと思える場所̶̶COVID-19の影響で休会しているものの、未来食堂には「サロン18禁」という取り組みがあります。名前だけをみるとなんだかドキドキしてしまいますが、これは月1回オープンする会員制サロン。一般的な「18歳未満禁止」とは反対に「18歳以上が参加禁止」、つまり子どもたち限定の集まりです。
未来食堂は一貫したビジョンとして「誰もが受け入れられ、誰もがふさわしい場所」を掲げています。どんな人でも存在できる場所。この「誰もが」の存在には、もちろんおとなだけではなく子どもも含まれます。小林さん自身、当初は子どもを受け入れる形の一つとして「子ども食堂」を考えていたと言います。しかし「子ども食堂」という言葉から、どうしても「ご飯を食べられない子ども」「1人で食べるかわいそうな子」というイメージに引きずられてしまったといいます。「子どもたちも、ここに来るからには1人の人間としておとなと変わりありません。私自身、15歳で初めて喫茶店に足を踏み入れた時、学校でも家でもない空間に心地よさを感じ衝撃を受けました。子どもをコントロールしたがるおとなは多いですが、おとなの目を離れてそのままの自分を受け入れてくれる場を作りたいなと思いました。それがサロン18禁につながったんです。」
サロン18禁は、18歳未満のみが正会員になることができます。正会員の招待があれば18歳以上も入店できますが、身分はあくまでも副会員。また招待があっても二親等以内の親族は入店できません。飲み物メニューはお酒のような「黒・白・ハーフ」(実はコーヒー・牛乳・コーヒー牛乳!)。日常から切り離された空間だからこそ、ここでは背伸びをして、少しずつ成長していくことができる。おとなに従属する存在としての「子ども」ではなく、一人の独立した存在として過ごすことができるのです。
「良いことだから」やっているわけではない
未来食堂には毎月、その日の売り上げの半分を寄付とする「寄付定食」の日があります。これまでに海外での緊急支援を行うNGOや、国内の貧困問題に取り組むNPO、台風や地震といった自然災害の募金などに寄付を行っています。「寄付先はわたしが決めているわけではありません。お客さんからの“ここにしてみたら?”という提案をもらって決めています。」
まかないやただめし、寄付をはじめとして、誰かの善意が誰かにつながる未来食堂のさまざまなシステム。しかし、小林さんは「世間が道徳的に正しい」としているからやっているわけではない、と話します。これらは既存の道徳観念に縛られずに自由な発想で考え出したもの、そして未来食堂に集うお客さん=「あなた」にとって必要だからこそ生まれたもの。「みんなが良いと言っているから」と判断基準を外に委ねてしまうと、自分の頭で考え出したものを放棄してしまうことにつながる。道徳的に正しいからではなく、善悪を超えた本質を突き詰めた形が、未来食堂の形だと言えるのではないでしょうか。
読者へ伝えたいこと
「この記事を読んでいるということは、きっと何かしらの形で社会問題に関心があったり、やってみたいことがあるからだと思います。何かを応援したりやってみたりしたいなら、まずは想いを形にすることが大切ではないでしょう。自分自身は現場に行けなくとも、関連する記事の書評を書いてみる、あるいは友人に薦めてみるとか。自分には無理だとは思わないで。興味を持っている、それだけでもあなたは一歩踏み出しているんです。」
編集後記
取材中もゴミ捨てやコップの用意など、私もすこしだけ「まかない」を。特にお願いされているわけでもないのに、他の誰かのために不思議と勝手に体が動いてしまう、そんな未来食堂にあなたも足を運んでみてはいかがでしょうか。
PROFILE
小林 せかい(こばやし・せかい)東京工業大学理学部数学科卒業。日本IBM、クックパッドで 計6年間エンジニアとして勤 務 後、さまざまな飲食店での修業期間を経て、2015年9月に「未来食堂」開業。著書に『やりたいことがある人は未来食堂に来てください』(祥伝社)、『ただめしを食べさせる食堂が今日も黒字の理由』(太田出版)他。