この人に聞きたい
シャプラニールの活動にさまざまな形でつながりのある方、
国際協力、社会貢献などの分野で活躍されている方に、その思いを伺っています。
命を守る、アウトドア防災〜根底には経験と仕組みへの理解〜
アウトドア防災ガイド あんどうりすさん
皆さん、水害や地震といった災害への備えは十分ですか? 今回、お話を伺ったあんどうりすさんは、自然と生きる知恵だというアウトドアのスキルを活かした防災を提案しています。その提案の根底には災害や被災した人、生活への深い理解と防災への軽やかな、でも強い想いがあります。
インタビュー・文/勝井裕美(市民アクション推進グループ)
PROFILE
あんどうりす
阪神・淡路大震災の被災経験とアウトドアの知識とスキルをもとに、全国での講演、ワークショップを年間100回以上、またYahooなどのウェブサイトで防災記事を執筆。子育てや日々の暮らしの視点を活かした、実践的だが肩ひじ張らない防災情報を発信している。2022年、兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科入学。
アウトドア防災の原点
私は阪神・淡路大震災のとき、兵庫県尼崎市に住んでいました。ものすごく揺れて人生が走馬灯のように駆けめぐり死ぬかと思いました。部屋はいろいろな物が倒れて家にもひびが入りました。母親のベッドに倒れたタンスはベッドの頭の天板に当たって引っかかり、母親は気付かず寝ていました。だから、何も気付かないまま亡くなった方が、たくさんいらっしゃったのではないでしょうか。それまで学校などでいろいろと学んできたはずなのに、自分の命を守るシンプルな技も知らず、自分が何もできないという無力さを感じました。被災体験、その人の感じていることや心の傷は人によってバラバラで、被災者はこうと一括りにできません。私は、全然自分を守れずに愕然とした、というのが被災体験です。
そして、何となくアウトドアのスキルがあれば対応できるのかなと考え始めました。ただ、最初からアウトドアや防災の世界に入ろうとは思っておらず、アウトドアしている人と友達になり、一緒に雪中キャンプするなどゆるく始めました。でも、アウトドアスキルが身に付くにつれて、これすごく使える、防災にも役立てるのではと思っていきました。
ただ、2003年に子どもが生まれた時に、「この子、文庫本落ちてきただけで死にそう」と、自分のアウトドアスキルでは役に立たないと不安を感じました。同じ産院で出産した人たちとの離乳食などの勉強会に参加していたので
すが、ある時、講師が来られなかったので、自分の被災体験や使えるアウトドアスキルについて代わりに話すことがありました。すると、ママ友が「これは大事だから、今度子どもの園に話しに来て」と声をかけてくれたのが、防災の講演などをするようになったきっかけです。
日々の子育て視点で見た防災
当時、防災用のグッズを持って逃げましょうという話がほとんどでした。でも、市販の防災バッグには何が入っているか、入っている物の使い方もわからないこともよくあります。だから、毎日のカバンを活用することを講演会などでお伝えしました。例えば、普段子どもとお出かけするときに持ち歩くバッグには子どもの生存に必要なものは入っています。いざという時に役立つものはいつも使っているものであるという知恵は、アウトドアの基本スキルです。
また、子どものオムツを3日分持って避難しなさいと言われていましたが、新生児だと当時はその量を持って移動することは非現実的でした。また、綿が一番燃えにくいので子どもが化繊の服を着ていたら着替えさせて逃げようとも言われましたが、子どもはいやいやするから逃げ遅れてしまいます。子育て経験のない人が言ったことなのでしょう。当事者の声を聞かない情報は、昔も今もツッコミどころ満載なのです。
本当?
私は懐疑的というか、「それ本当?」と考えてしまうところが常にあるんです。例えば、阪神・淡路大震災後であっても、「地震だ、火を消せ」の標語はずっとそのままの時期があって「いや、あんな揺れの中で消せない」という思いがありました。ほかにも、防災グッズでこれがおすすめと言われても、ついつい疑ってしまうというか。ただ、アウトドアグッズは最軽量でありつつ効果的なものが常に訴求されて、現場でも検証されているので、こんな私でも納得できることが多いのでおすすめしやすいです。
メッセージの裏の仕組みを知る
自然を相手にすると、想定外のことが起こることの方が当たり前でもあります。そんな時、マルバツで覚えた知識は役立たず、自然の仕組みから理解していないと臨機応変に対応できません。簡単で単純な答えや正解がありがたがられる昨今ですが、災害時の想定外のことに対応できないかもしれません。
例えば、災害時、ベビーカーやスーツケースで避難しようと言われていました。でも、ベビーカーやスーツケースのタイヤの半径以上の段差は物理的に乗り越えられないので、災害で道が歪曲したり陥没してしまった時は使えません。それを指摘していたら、東日本大震災後、ベビーカーはバツという意見が広がりました。でも、タイヤが大きいベビーカーもある訳です。仕組みから考えずに、ただマルバツで考えていると、意見が両極端ですよね。逆に仕組みから考え、さらに一人ひとりに寄りそう支援であれば、医療的ケア児(※)で特殊なベビーカーでなければ避難できない方に対し、「べビーカーがバツ」というのではなく、「代替手段として、荷台もありかもしれない」と提案できます。ちなみに最近また、スーツケースで避難しましょうとも言われています。道路状況の悪化のことは忘れられてしまったのでしょうか。マルバツ思考は忘却と相性がいいのかもしれません。
※ 医療的ケア児とは、医学の進歩を背景として、NICU(新生児特定集中治療室)等に長期入院した後、引き続き人工呼吸器や胃ろう等を使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児童のこと。(厚生労働省ウェブサイトより)
「子育て防災」は女性のもの?
誰も「子育て防災」なんて言ってなかったときから比べたら、随分と認識が進みました。でも、女性が防災について発信すると「子育てと防災」や「女性の防災」と分類され、またそういった発信だけが主に求められているならば残念ですし、違和感があります。女性だけが子育てや、女性と防災を考えなくてはいけないわけではないですから。そうかと思えば、アウトドア的な話や防災のコアな話は男性の話を期待する世の中の雰囲気があると感じる時もあります。
大学院に入った理由
2022年に大学院に入り、改めて防災に関する論文を書きたいと思ったのは、学会発表を通じて自助だけでなくもっと公助や共助の分野で枠組や仕組みをつくれるのではないかと思ったからです。災害時に困る人たちは自助だけでは対応できないので、公助や共助の分野の後押しをしたいと思います。災害時に「身近なもので対応」する話をして欲しいと講演の依頼が増えたのですが、地震対策など特に事前の備えがなければ、場当たり的な対応だけで命が助かる可能性は低いです。避難後の快適性と発災直後の命にかかわる話は分けた上で、特に後者については備えなければ助からないリアルをしっかり伝えていきたいと思っています。
会報「南の会報「南の風」303号掲載(2024年3月発行)
「アウトドア防災ガイドによるアウトドアアイテム防災活用講座(菅原工務店)」をご覧になりたい方はこちら